おちゃにっき

おちゃのにっきです

最近見た or 見ているアニメ

 

くそあちーですね。

どうせ我々は生産性のないオタクなんだから、アニメくらい見ましょう。(?)

※内輪向けのため多少口が悪いです。

※politically incollect

 

 

攻殻機動隊

 

SAC、ARISE、新劇場版は見たことあったのですが、そういえばGISは見たことがない。dアニメストアに追加されていたので、ひとまず見てみました。(ARISEはなんとなく見返しました)

結論から言うと、やはり面白いです。上級者向けのように時々語られる攻殻機動隊シリーズですが、それはオタクの知能指数が低いからです。

パンピーはむしろこういうのを見せたらほいほいオタクになるんじゃないでしょうか。一度これを見せてアニメの世界に引きずり込んでしまえば、彼らがくぎゅうと鳴く日も近い

 

 

 

PSYCHO-PASS

 

SF社会モノ繋がりで再視聴。やはり一期は面白いですね。

私は人生100周目なので知っているんですが、2期は見なくていいです。

 

 

 

戦姫絶唱シンフォギア

 

今の所、無印がいちばんおもしろいですね。AXZは視聴中です(現在第五話)。またまとめて書こう。

GXは見ている途中で正直イラッとするシーンが多かったです。特に、キネクリ先輩が突然先輩としての無駄な意地を張って和を乱し始めるシーンなどは、Gの最終盤の頭脳プレーを一ミリも感じさせない残念さに涙がちょちょぎれました。

物語の起伏を生むためにキャラの知能指数を一度下げるのは、書き手にとっては簡単な方略ですが、見る側にとっては好みの分かれるところだと思います。

 

(2018.8.15追記

AXZ7話で、キネクリ先輩ときりしら後輩が(GXでやらかしたときの回想も挟んで反省しつつ)頑張ってくれたので、良しとします…。後輩コンビが主になって活躍する構成も、逆に一歩引くべきときには引くクリスの成長を感じられたので、この辺のフォローは非常に上手いなと感心しました。

シンフォギア見てない人は人生の99割損してる。

 

 

グリザイアの果実

 

相変わらずつまんないっすね…と言いたいところですが、一期の途中で挫折した私にそれを言う資格はないので、頑張って10話までたどり着きたいと思います。

オタクさんのために露骨なパンモロを挟んでいくファイトスタイルは、まあ仕方ないなと思うところではありますが、あんまり好きではないです。フェミニストなので。

 

 

以上。

『どこか遠くの話をしよう』。〜2巻完結っていいよね〜

こんにちは、おちゃです。今日は漫画のお話です。

 

6月30日。『僕らはみんな河合荘』の新刊発売日だったので、夜中に本屋さんに行きました。

 

ついでに漫画コーナーをチェックして、「なにか短めの面白い漫画ねーかな」と探しましたところーー日本には、本当に豊かな漫画文化があると思うのですが、それはいくつかの長期連載タイトルよりも、作者の怨念が込められた短い無数の良作によるところが大きいと思うのですがーー、こういうものを見つけました。

 

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『どこか遠くの話をしよう』。

作者は須藤真澄さん。今年で御年53のベテラン作家さんですが、読んでいるときは分かりませんでした。

掲載誌は月刊コミックビームエンターブレイン)。単行本は、2017年から2018年にかけて、上下2巻完結で刊行されました。

 

 

(以下、本編のネタバレを含みます)

 

〜あらすじよりちょっと長い作品解説〜

 

作品内の描写からわかることですが、舞台は南米ペルーのとある集落。時代は1851年です。

 

幼い頃に父を亡くし、その時以来「物のはなす"声"」がわかるようになった少女、チロ。

おばあさんと一緒に暮らしています。ですが、そのおばあさんは話すことができません。

チロは、身の回りの物がおばあさんの気持ちを代弁してくれるのを聞いて、畑仕事やアルパカ・リャマの牧畜、料理をしながら一緒に生活しています。

 

そんなチロのもとへ、突然、白髪白人の男が現れます。なんの前触れもなく、突然、チロのうちの納屋に彼は横たわっていました。

彼は右足を骨折し、すべての記憶を失っていました。そして、言葉も通じません。

 

チロは物の声を聞くことができます。

彼はカバンを一つ持っていましたから、そのカバンや中身の声を聞くことで、チロは彼のことを少しずつ知っていきます。

村の住人は、はじめこそ彼のことを警戒していましたが、少しずつ仲間として受け容れていきます。

 

チロは、「名前がない」という彼に、髪の色から「プラティーナ」という名前をつけてあげました。

プラティーナにチロはよくなつきました。幼い頃に失った父の面影を重ねているのだと、村の誰もが噂しました。

やがて、チロがプラティーナを納屋の外へ連れ出すと、広がる山々の光景に、プラティーナは心打たれました。チロとプラティーナはそのとき、「うつくしい」という言葉を互いに理解しました。

そうして少しずつ、プラティーナは言葉を覚えていきました。

 

ある日、プラティーナの持ち物をいよいよすべて確認しよう、となりました。

その中には、汗拭い、服の上下、オルゴール、リボン、かぼちゃの種……そんなガラクタばかりが詰まっていました。

チロはひとつひとつ、物の声を聞きます。そして解き明かされていく、プラティーナの過去。

なぜ彼は、突然この村に現れたのか。

彼の目的は何だったのか。

そして、彼の「大切な人たち」の記憶とはーー。

 

 

 

 

というお話です。

プラティーナに隠された秘密については、ぜひご自身の目でお確かめください。

 

さて、この2巻完結の物語ですが、非常に収まりよく、また下巻の内容が実に気になる形で上巻が終わるなど、完成度の高い展開と、ハートフルな内容になっています。

特に感動を呼ぶのは下巻のプラティーナの秘密とそれ以降なので、あまり多くを語れないのは残念ですが、それにしても実に良い小品だと言えます。

 

 

私は個人的に1巻完結、もしくは2巻完結くらいの短い漫画というものが大好きです。多くの場合、そのような作品はアクションがやや控えめで、少年マンガ誌の週刊連載に求められような一話ごとの大ゴマの見せ場などはありません。ゆるやかな情緒の起伏によって、物語の歯車が少しずつ回転するような作品たちが多いです。

 

……という話をしようとして本棚を見たのですが、意外と1巻ものが多いですね。1.5冊分くらいのボリュームの1巻ものが多く、2巻完結はありませんでした。

人から借りて読んだものですと、五十嵐大介の『魔女』(1〜2巻、小学館IKKI COMICS)なんかが非常に良かった記憶があります。

 

1〜2巻で終わる漫画は、もともとその長さで閉じたものとして設計されているため、隅から隅まで味わうことができるという良さがあります。

短くまとまった中に、充実した世界観と空気を蓄えこんだような作品たちというのは、実は漫画コーナーにいけば無数にあります。

しかし、ある意味気軽に読めそうであるという短編特有の性格にもかかわらず、無数にあるがために、なかなか「これを読もう」という動機を誘発しないことも多いです。

漫画好きでない場合、意外と手に取らないことが多かったりします。(私は、先述の『魔女』などたくさんの漫画を教えてくださった漫画大好きな先輩のおかげで、そういう世界の面白さを知ることになりました。)

 

ですので、皆さんおすすめの「短い漫画」がありましたら、教えてくださると嬉しいです。

 

 個人的に激推しの、『世縒りゆび』(全一巻、著・騎崎サブゼロ徳間書店、絶版)という作品もあるのですが、その話はまた今度にします。といって、話すことはずっとないかもしれませんが。

 

『世縒りゆび』も最高なのですが、手に入れやすさで言えば『どこか遠くの…』が一分の利ありというところですから、気になった方は、ぜひお手にとってみてください。

 

チロとプラティーナの関係性は、刺さる人にはとても刺さると思いますよ。

 

では。

騎崎サブゼロ作品集 世縒りゆび (リュウコミックス)

騎崎サブゼロ作品集 世縒りゆび (リュウコミックス)

フルメタル・パニック面白い(小並感)

模試で専門9点を取った公務員受験生です。多分落ちますねこれ。世の中ままなりませんね。

 

 

フルメタル・パニックというアニメをご存知でしょうか。名前だけは聞いたことがある人、古くからのファンの方も多かろうと思います。

 

私も名前だけ知ってる見たことない人だったのですが、この春から「フルメタル・パニック Invisible Victory」が放送されるということで、勉強の合間に無聊を慰めるために予習でもしようかとdアニメで見始めたのが最初でした。

 

 

ウワーおもしろい

 

 

一作目2クール、二作目・外伝ギャグ物の「ふもっふ」1クール、三作目「The Second Raid」1クールを一気に見てしまいました。おかげで生活習慣がズタボロです。

 

あらすじ

 

戦場で生まれ育ち、傭兵部隊ミスリルに所属する主人公・相良宗介は、オーバーテクノロジーの記憶を持ち「ウィスパード」と呼ばれる少女・千鳥かなめの護衛の任務に就く。彼女の知識を狙う宿敵・ガウルンとの熾烈な戦いに、アームスレイブ「アーバレスト」を駆り、身を投じるのであった(主に一作目)。

 

一方、普段の護衛生活ではかなめの同級生として高校に通学する宗介。日本に馴染めない戦争ボケの彼の生活はどうなっちゃうの〜?!(主にふもっふ)。

 

そしてガウルンの背後には、謎のテロ組織・アマルガムの陰謀が見え隠れする。「ラムダ・ドライバ」と呼ばれる特殊なエネルギー場を発生させる強力な装置を搭載したアーバレストの乗り手は、宗介、お前しかいない!戦いに生きてきた彼は、何を見つめるのかーー(The Second Raid)。

 

 

 

ウワーおもしろかった(見終わった)

 

 

あらすじには書けませんでしたが、宗介が所属する作戦部隊の長にして、潜水艦トゥアハー・デ・ダナンの艦長である銀髪のウィスパードの少女、テレサ・テスタロッサちゃん!(愛称はテッサ)が可愛いです。最初は極めて真面目なキャラとして描かれるのですが、だんだん宗介にデレていくのがやばい。CVゆかな。

 

 

 

 

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1期のテレサ・テスタロッサちゃん!

 

 

 

 

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ふもっふのテレサ・テスタロッサちゃん!

 

 

 

 

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The Second Raidテレサ・テスタロッサちゃん!

 

 

 

 

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Invisible Victoryのテレサ・テスタロッサちゃん!

 

 

こうして見ると作画が現代化してきてるのわかりますね。(ラブライブ論なんかでよく目にする10年台後半のキャラはわりと目が丸いみたいなあれ)

 

 

 

Invisible Victory一話は今作から見始めた人にはそれほど親切な作りになってないですが、まあ大丈夫かなぐらいの感じです。ただ残念ながら(?)、一話目から宗介とかなめがイチャコラサッサしてます。テッサの進退やいかに。

 

 

以上フルメタル・パニックのダイマでした。

 

 

 

 

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↑将来が不安で泣いちゃうぼく

オタク、よりもいで泣く

2018冬アニメ、かなりの豊作でしたね。おちゃです。

 

 

 

巷ではポプテピピックが話題になったりしてますが、私の周囲ではもっぱら「剣王朝」が人気になりつつあります。

 

 

剣王朝の香ばしさを語り始めるとキリがないのですが、

 

 

・中国原作にしても翻訳調の強すぎる台詞回し

・「囲めッ!」ザン!

・仏像で刺殺

・NEXT剣王朝の下野の悪ふざけ

・公式ツイッターのフォローが500人台

 

 

などなど、唆るラインナップとなっております。特に配信とかはないので、こっそりどこかで見るなりなさってください。

 

 

 

 

いや剣王朝とかマジでどうでもいいんすよ。 好きな作品を持ち上げるために別の作品を貶すのは愚の骨頂ですし、剣王朝も大好きなわけですけれども、それはさておき。

 

 

 

オタクは早く「宇宙よりも遠い場所」を見ろ。

すぐ見ろ。今見ろ。

 

 

 

 

 

以下、よりもいのネタバレを含みます。

 

 

 

 

「どこか遠く、ここではない場所に行きたい」という思春期特有の願望を持つキマリ。

南極で観測隊員として活動中に命を落とした母のもとへ行くことに執着する報瀬。

とある事情で高校には通っていないものの、強く生き抜くバイト少女日向。

女優として躍進しながらも、その多忙な日々から友達を作れず思い悩む結月。

 

 

この四人が、初の女子高生観測員として、民間の南極観測船に同乗し、「宇宙よりも遠い場所」である南極へ行くまで、そして行ってからを描くのが物語の大枠となります。

 

 

まあそんなん公式サイト見りゃわかるんですよ。すみません、オタクなので筆が走りがちになります。

 

 

 

この作品、何がすごいかというと、毎話ごとに泣き所を確実に用意してくるんです。 それはもう、BGMやら台詞回しやらキャラの表情のアップやら、フル活用で泣かしにきます。 人によってはやや食傷気味になるのかもしれませんが、私はひねくれているので、毎回どうやって泣かせにくるのか予想しながら見たりしてました。まあ予想が当っても大概はウルッときてしまうのですが。

 

 

 

で。で。で。ここからは、12話と13話をちゃんと見た人だけ読んでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?ずるない?え? まじで?そう来る?いやあの、えっ、えぐっ、う、うあああ、ひぐっ、

 

 

 

 

 

 

みたいな感じで12話のラスト、報瀬ちゃんのお母さん(貴子)の遺品を探しはじめたあたりからヤバみが高まります。

 

基地に戻った報瀬が、発見された貴子のパソコンを開くと、パスワードの入力画面に。はじめは貴子の誕生日を入力するが、開かず。思いついたように、報瀬は自分の誕生日を入力。すると、ログインに成功します。

 

この時点で相当涙腺がおじいちゃんなのですが、メーラーを開くと、三年間母親のアドレスに送り続けた報瀬のメールが、基地のネット回線につながれたことでどんどん受信されていきます。

 

もちろん、状態はすべて未読。

 

 

 

報瀬……号泣………………!!!

 

 

 

 

 

 

部屋の外でそれを見ていた仲間たち、……号泣……………!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………ワイ…………………………………号泣!!!!!!!!!!!!!!!

(なんなら報瀬より先に泣いてました)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずりい、これはずりいわ。クソボロ泣きましたわほんま。こちとら情緒不安定やぞ。

 

 

 

 

真面目に書きますと、報瀬は三年間ずっと母親の亡霊を追いかけていたことに、この時やっと気がつくのです。

「死者が何を考えているのか、南極に来て欲しがっているのかなんて、わかるわけがないし、生きている人間が勝手に決めつけているだけのこと。それでも行く。」 その強い思いを胸に、ほかの隊員とともに南極へ来た報瀬は、やや強情さや不器用さは目立つものの、端麗な容姿も相俟って、ほかの女子高生観測員たちと比べ、大人びて見えていたと思います。

 

 

母の死を本当の意味で、母が死んだこの地で、三年越しに受け容れる。南極にたどり着いてもまだどこか現実味に乏しい光景の中で漂っていた報瀬が、その瞬間、子供のように、あるいは年相応に、泣き喚くわけです。

 

 

 

 

そらもう、オタクは年に不相応だろうがボロ泣きですよ。 はあーずっこ。まじでずっこい。 アニメ見てガチ泣きしたのけっこう久しぶりです。キルラキルとか以来です。(あれで泣くのも人によるとは思いますが)

 

 

 

 

 

 

 

そこからの13話。最終話ですね、さっき見たんですけど。 終始泣きそうになりながら見てました。なにせ、先週のあれがずっと尾を引いてくるわけです。

 

 

キマリたちは、とうとう南極から日本に帰る日を迎えます。「まだ南極にいたい。」そう思うキマリを、日向がたしなめます。とはいえキマリも、もう分かっているわけです。南極という、非日常の旅路はいつまでも続かないということを。

 

 

最後に彼女たちがやりたいことを、大人たちがやらせてくれます。 それは……野球でした。

 

 

 

 

 

 

オタク基礎教養。流れをぶった切って野球をはじめるアニメはだいたい名作の法則。

 

 

 

 

 

 

観測隊隊長で、貴子の親友でもあった藤堂吟が、ピッチャーとしてボールを投げます。

かつて貴子が打ったそれを、今度は報瀬が打ち返すのです。

藤堂は、かつての親友の姿を報瀬に重ねます。

 

 

 

あ、特に断りがなくても、わたしこの辺からずっと泣いてます。

 

 

 

 

…ハァ〜〜〜。 いやー、ずるいなほんま。「おっきなーゆーめをー」の歌がかかるとすぐ泣くんですよね。ハイ。サントラを買いましょう。

 

 

 

さて、野球を終えBパートで髪をバッサリ切った報瀬。彼女たちはもう、すっかり前を向いています。そしてそれぞれが、やるべきことをなすために、日本へと帰国する砕氷船に乗ります。 砕氷船へ向かうヘリに乗る直前、報瀬は母の形見であるパソコンを、藤堂に渡します。

 

 

 

 

最後の仕事(南極リポート)をするキマリたちの上空に、かねてからキマリが見たがっていたオーロラが現れます。カメラにはきれいに映らないそれを、四人は眺めます。

 

 

と、ここで、一番ズルいやつです。

 

 

報瀬の携帯電話に、母親からのメールが着信。

 

 

 

「本物はこの1万倍綺麗だよ」

 

 

 

 

そこには、オーロラの写真が。

 

 

 

 

報瀬「…知ってる。」

 

 

 

 

 

 

 

オタク「」ボロボロボロボロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずるいよなあ。ずるいよ。いやー。 それはさ、そうなるじゃん?

 

 

 

 

 

 

はい。もう言い残すことはありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

負けた オタク よりもいに負けた🙋‍♂️

ねはんくん上洛オフありがとうございました

フェミニストを叩かせたら右に出る者なし」でお馴染みのねはんくんが京都に来てくれました。卒業旅行だそうです。留年してないとか健常者かよ。

チェスターコートにきれいめなシャツにスラックスに革靴にこじゃれたボストンバッグの出で立ちでしたので、マクドで落ち合った瞬間に「健常者かよ」って思ってしまいました。

とりあえず晩ごはんということで、一乗寺までラーメンを食いに行きました。ラーメン美味しかった以外の感想は特にありません。ラーメン美味しかったです。

おちゃ宅では話題が尽きそうで大変だったのですが、ちょうどよくのえしすさんのツイキャスが始まったので二人で拝聴いたしました(「微妙にしゃべりうまいのがムカつくんだよな」byねはん)。楽しかったです。またやりたいです。

おちゃの同郷の友人、サイリニートくんも六時頃には来てくれる予定だったのですが、彼は別の飲み会で予想到着時間が八時から九時頃と遅れに遅れ、最終的に我々が寝床につかんとしていた深夜零時にドアピンポン。酔っ払ったまま我が家に押しかけ、玉乃光純米吟醸をほぼ一瓶まるまる一人で空けるというガ〇ジムーブを決めてくださった上、就活トークを繰り広げ、赤子の肌並みに敏感なおちゃのメンタルを軽々と破壊しました。彼がリクルーターといい感じになって、就活戦線を理系パワーでエンジョイしていること、お母さんまだ許していません。

そのまま三人でキャットアンドチョコレート

というゲームを朝までやりました。ねはん君、めちゃくちゃ頭の回転速くて喋りも上手いので、サイリと二人で延々「ムカつく」だの「キャラクターの声がイメージと違う」だの文句言ってました。客人に無礼すぎる。

あとサイリニート君は当日説明会があったそうですがほぼ寝ずに酔っ払ったまま突撃したみたいです。サボってくれたらお母さん嬉しかったな。

寝るときにはすでに午前五時を回っていました。翌朝、というか翌昼起床したのは十二時。京大北門前の進々堂でカレーパンセットを食し、夷川発電所までだらだら歩きました。この時期はちょうど川沿いも疎水沿いも桜がきれいなので、ベストなタイミングできてくれたと思います。

木屋町を下り、「このあたりは治安が悪い」という地元民トークでねはんくんに対しマウント取っていたら、マジマジのガチの現場検証に遭遇してしまいゲラゲラ笑いました。

で、なんやかんやあって八坂神社裏手の円山公園の花見茣蓙で酒を飲みました。そしてほろよいのままお土産を探しに祇園の商店街へ戻りまして。祇園で扇子を物色してるねはんくん、遠くから見るとマジで普通の人でした。まさかレジのお姉さんもこの純朴な好青年がアンチフェミだとは思うまい、という普通さでしたね。いいと思います。そういうところ見習っていきたいです。

六曜社でだらだら時間を潰したのち、サイリと再合流。木屋町のよくわからん安居酒屋であじの南蛮漬や塩辛やらをツマミにビールを飲みました。よく考えたら私達ずっと飲んでますね…。飲みながらいろいろ話したはずなんですが、だいたいフォロワーの話してた印象しかないですね。

店を出まして、おちゃ邸へ向かいました。鴨川の亀石を渡るなどの青春ごっこをしました。雅ですね。

夜行バスの時間にギリギリなねはんくんは荷物を取って京都駅へ向かいました。で、人と別れるとだいたいメンヘラ化するおちゃは今すごくテンションが低いと、そんな感じでござい。

超楽しかったです。ありがとーねはん、フォーエバーねはん。

※一部脚色があります。

※一部不適切な単語がありますが、私も不適切だと思います。

「コミュニケーション能力」を考える

思うに、コミュニケーション能力と世間で呼ばれているものは、かなり曖昧な概念である。それにも関わらず、便利に使われてしまっているケースが多い。そのために悲しい行き違いが日々(特に、就活戦線に身を置く者としては企業と学生との間で)生まれているように感じる。

ここでサラッとビジネス書などを引用してきて、様々なコミュニケーション能力の形を示すのが大人っぽく読みやすい、かつアフィリエイト収入にもなるという万々歳なやり口なのは承知の上で、敢えてそういう方法を取らずに、単語としての「コミュニケーション」、「能力」を掘り下げていく方向に進んでみたい。

〈このあたりまでで、だいたいおわかりかとは思うが、今後もこのブログはこういった回りくどい手法を得意にしていくことになるだろう。それは偏に私の怠慢の故である。社会にあるものを使えるなら使うべきところ、探す努力を怠ってわざわざ回り道をするのが私の悪い癖である。あとこういった本筋から離れた自分語りも、自然と多くなるであろうから、注意されたい。〉

閑話休題。「コミュニケーション能力」について考えるのであった。蓋し人間とは「ポリス的動物」とアリストテレスも言ったくらいであるから、遠いギリシャの昔からロゴス、コミュニケーション使って生きてきたことは定かだ。それが現代においても「稼ぐ力」、それっぽく言えば「生き抜く力」として企業や官公庁などから求められているのは、当然といえば当然である。

しかしながら、コミュニケーションそのものを「成す能わざる」人間というのは、おそらく存在しない。たとえば全く言語の通じない海外に行ってみたと仮定しようーーそこはタガログ語圏かもしれないし、スワヒリ語圏であるかもしれないーー。そのような言語の通じない環境ですら、相手が人間でありさえすれば、おそらくジェスチャーで何らかの意思表示をすることは可能であろう。自分を指差し、走る動作をしてみせ、地図を開き、ある場所を指差すだけで、おそらく相手は「ああ、ここへ行きたいのだな」ということを了解するであろう。(なんとなれば、必死さがより伝わって、普通にタガログ語で話しかけるよりも、道案内をしてくれる確率は高まるかもしれない。)

そんなふうに、コミュニケーション能力を本来人間に備わっている能力だと考えれば、わざわざあらゆる組織が「コミュニケーション能力」を要求するのはおかしい。とでも結論づけようものなら、それはもうとても痛々しい学生の愚痴にしかならないので、もう少し考えてーーというか、意図的な誤読をするのを避けてーー、真面目に取り組んでみよう。

組織の「われわれはコミュニケーション能力のある人材を求めています。」というメッセージは、やや言葉足らずである。実際のところ、「われわれは高いコミュニケーション能力を持つ人材を求めています。」ということが言いたいのであろう。では今度は「高いコミュニケーション能力」とはなにか、という問を立てざるを得ない。これ答えることは、実は容易ではない。さまざまな角度から切り込んでゆけそうだ、以下に思いついた順から、手法を並べてみたい。

1)「高い」ということを、「コミュニケーション」の目的実現性の高さとして措定する。

1-1)目的=「意思伝達力」

1-2)目的=「信頼関係構築力」

1-3)目的=etc...

2)「高い」ということを、「組織内部でのコミュニケーションの波長・やり方にマッチしている」と捉える。

3)逆に「低い/低劣なコミュニケーション能力」というもののあり方を考えてみる。

等、やり方は様々存在するのだが、全部に取り掛かっていると着地点を見失いそうである。個人的には、3)を推し進めていくのが作業としては面白そうに感じる。しかし、1)と2)の違いに注目することのほうがより有意義であろう。(「高いコミュニケーション能力」ということについて、この他の視点を持たれた方は、ぜひご意見をお寄せいただきたい。)

2)は、一見すると1-2)の「信頼関係構築力」に回収されそうである。しかしその概念的内容の実際を見れば、そこにある違いは明らかであろう。2)は「すでにそれとしてある風土」との「一致度」という尺度をもって「高さ」を測るものであり、言うなれば0%から100%の幅において考えられるのに対し、単に能力として捉えられている1-2)は0から始まって高ければ高いほど際限なく高まるものである。より端的に言うと、2)における「コミュニケーション能力」という言葉の使われ方は、もはや「能力」を指し示しているのではなく、「わが社の風土に合った人材」ということの言い換えとなっているのである。

もちろん、「わが社の風土に合った人材」を求めることはなにも悪いことではないし、実際就活生と企業の、あるいはもっと広く人材と組織のミスマッチを防ぐためには重要な視点である。しかしながら、これが時として「コミュニケーション能力」というやや歪んだ形で伝えられている可能性が、実際の社会を見ていると散見されている。私が特に示したかったのは、それだけ「コミュニケーション能力」という言葉が多義的で、それ自体の示す「伝達力」を阻害するほどの怪物的な概念になっているということである。

組織運営において人材採用や育成を担当されている方、またそうでない方も、今一度自分がどのような意図をもって、曖昧な「コミュニケーション能力」という言葉を使っているのか、見直していただけるととても嬉しい。ヤワな終わり方になってしまうかもしれないが、ここらあたりで筆を擱く。

おまけ

「低いコミュニケーション能力」をイメージする作業もちょっとだけしてみよう。

「あ」

「まるいw」